ヒッチハイクdeマンガン
丹波マンガン記念館最後の夜。。。
「燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜』にいってきました。
2003年、京都ビエンナーレの高嶺格さんの「在日の恋人」の展示の中でおこなわれたライブは毛穴で聞いていたような感じで、暗闇と細長い坑道の中でひびいた思い出がふかくのこっています。今回はそのマンガン記念館が閉鎖になるということでタカミネ企画のイベントでした。
お供三人、バスで周山まで一時間。そこから6キロならあるくか、、、の勢いで歩き出し。そのとき一人増えた美大生の女の子がヒッチハイクしましょう、と後ろ向きに歩きつつ手を挙げる。その子は前もこの辺りでヒッチハイクをしたそうな。一人だと怖いし何人かだと安心してヒッチハイクしやすいと、、なるほど、昨今物騒ださしね。そうこうするうちに2百メートル歩いたあたりで一台とまる。と、名古屋ナンバーの男性2人。
「あの〜マンガン行くんですけど、もしかして、、マンガン?」
やはり、同じイベントに向かう車も多いのですね。でも、ひとりしか乗れないので、美大生さんゲット。私たちまだ元気で歩けるから、といいつつ、 Cさん、おもむろにボールペンで「マンガン」とかく。A4の半分だからA5、しかも細い文字で読みづらい、、のが止まって行き先を聞いてくれるだろうというもくろみ、と説明する。そして、中学生の女子にこの道あってますか?と交流し。それもつかの間、そうそうに黒いボルボが止まってくれました!!
なんと明るい福福としたご夫婦で、息子さんも以前ヒッチハイクしてお世話になったことがあるし私らもなんかしてあげな、、とお母さんがお父さんに声かけてくださいました。そして、なんと話しているうちにキャンプゆーても寒いで、うちの離れに泊まれば?と暖かいお言葉。。大きな茅葺きの家の横には池と大きな鯉が数匹、my畑、りっぱなお住まいで、染め物の版の枠紙を作っているお家でした。以前はおばあちゃんがすんでいたという離れに寝袋おいて、歩いてマンガンへ。途中でベーカリーで胡麻ラスクを買っている間に予想に反して雨が降ってきてどんどん強くなり、雨宿りをしている間に開演時間過ぎ。。
カッパきて走っているとまたもや車が止まってマンガンに行く地元の方に乗せていただく。。
マンガン記念館の坑道はひんやりと温度が下がる。マネキン坑夫が働いている。あの頃響いていたテープの音声がガムランの音に、、、リハーサルの時間を通過。層になった壁を水がつたい端には丸太が上下につっかかっている。おもっていたよりも くねくねとまがっていた。
「在日の恋人」の展示は薄暗い小さな電気を持ってはいっていく。この穴は狭く人がふたり通り過ぎれるくらい。ときどき切れる電気、ぼわっと浮かぶ壁ぎわの古木の上にちょこんと、、、細長い穴の中は私の穴のなかみたいにボワッと浮かんではすーと見えなくなる。
ライブは雨がふったりやんだり、、森林浴も出来たしシャワー(雨)も、夜の闇も身体の中に広がる感じがある。タカミネさんの朗読とナジャさんの絡み、、中中中、外、中、外外、、、選曲と衣装、タイミングがナイス。ナジャさんって年末のイベントでご一緒してたときにはじめて観て、あのマンボの膝上げの切れのよさが気持ちよい。
結局、山中透さん終わりで雨が強くなり歩いて下山しようと歌三曲目3百メートルあたりで車ゲット。すごい、一日三回もヒッチハイク。午前2時。しかも知り合いの知り合いつながり、とは。
家があるのが、この雨だけにありがたい。もちろん雨の中のキャンプも楽しいのはオーストラリアのフェスで体験したけど、泥まみれの足も平気になりし雨音のリズムが以外に心地よく寝れるもんです。
朝、鳥の声で目が覚め、お父さんとコーヒータイムに地元や仕事の話を聞く。
バスもそろそろなんで、ときりだすとお母さんも散髪に京都にいくよ、というので、乗っけてもらいました。
帰りのヒッチハイク用に作った
「周山、もしくは 京都シティ」
使わなかったけど また できそうだな。。。
おとうさん、おかあさんと一緒に京都にむかう時間 (ちゅうか、左京区やで京北町、、、)
天気もすばらしく きもちよく はれやかでした。
ありがとうございました。
ゴマップスンミダ。

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